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「ワークショップ」についての覚え書き

2畳大学の報告のページにも書きましたが
こないだの絵本のWSは自分の中でのWSの理想型だった、
と言っても過言じゃないと思うくらい
いいワークショップになりました。
反省点は勿論あるけど、
「こういうことがやりたい!」ということができた。
WSデザイナーとして。

内容的にはたあつこさんの進め方や在り方が本当に全てなんですけど、
僕のスタンスとして「こういう機会をどれだけ作れるか」
に命をかけているので(おおげさだけど、笑)
そういう意味でちょっと自信を持てた1日でした。

たあつこさんは勿論、参加者のみなさんもありがとうございました。

今回のことにWSDで学んだことが直接活きてるか、
と問われればとても困りますが(笑)、
でも自分の方向性がかなりクリアになっている、
という点ではWSDに行ってよかったと本気で思えます。




あと先日、いつも仕事でお世話になっているところから
「ワークショップとは」というお題で
3日間、計12時間の授業をさせていただきました。
対象はNPOなどを立ち上げようとしている方々、16名。

それもきっかけに、少し自分の中で再整理。

そもそもワークショップって何やねん、と。

WSDが終わったときも
「ワークショップは幻だ!」という結論に至ったのですが
これは今回も継続しています。

(参考)ちなみにその時の日記。
http://taikutsu.main.jp/index.php?itemid=522&catid=1

まず、中野民夫さんの定義では、

「ワークショップ」とは、講義など一方的な知識伝達スタイルではなく、参加者自ら「参加」・「体験」し、グループの「相互作用」の中で、何かを学びあったり造り出したりする、双方向的な学びと創造のスタイル、と言える。

という「スタイル」であるという定義です。

ちなみにワークショップの特徴を中野さんの意見に沿って
&自分の意見もふまえながら、いくつかあげると

・答えは参加者の中にあるという考え方
・参加・体験・相互作用の3つ
・当事者意識が高まる
・ファシリテーターの存在
・ブリコラージュ


こんな感じです。

でも世の中には「○○ワークショップ」なんて名前のつくものが
たくさんあって、
一昨年くらいに参加した「キャンドル作りワークショップ」は
どう考えてもただの図工教室としか思えなくて、
「これってワークショップなのか?」
という違和感がずっとあって、
逆に居酒屋での飲み会が「これワークショップっぽいぞ」
と思うことがあったりで、
ずっとモヤモヤしていました。

参加型・体験型の教室だったらワークショップ?
できたものは別々だけど、完全な誘導でもワークショップ?
あたらしいもの、みたいに言うけど前からこんなんあるやんか?

そんなモヤモヤを経て、
「ワークショップって、考え方の傾向に名前を付けただけじゃないの?」
と思ったときにちょっとスッキリしました。

そんなわけでちょっと図にまとめてみました。



上下の線が「WS的」と「非WS的」。
そういう考え方や態度であるかどうか。
左右の線が「形がある」と「形がない」。
これは授業みたいな形があるかどうか。

たぶん中野さんが言ってたり、
ちゃんとしたワークショップの定義は右上の部分なのかなと。
でも拡大解釈されて、
世間一般(海外は知らないけど)では、
右上と右下が「ワークショップ」になっているような気がします。
そして僕自身が「ワークショップ的」と感じてるのは
右上だけじゃなくて左上の部分への拡大解釈です。

このあたりの「WS的な考え方」を言葉で説明すると、
大きく2つ特徴があるなと思っていて、
ひとつは自分や周りの価値観だけにとどまってしまわずに、
違う価値観を持つ人を受け入れることのできる態度。
簡単に言うと、多様性の尊重とかそういうことです。
自分の価値観が否定されても、頭から否定するんじゃなくて
好奇心を持ってその意見を聞けるかどうか。
もうひとつは、
ないものを探したり、形に当てはめていくのではなくて
その場にいる人、ある物をありあわせで組み合わせて
個性や特徴をうまく活かして、
問題を解決したり、新しいものを作っていこうとする態度。
ブリコラージュなんて言ったりしますけど。

これをちゃんとプログラムとして形を作ると
右上の部分にカテゴライズされるだろうし、
(特に今回の絵本WSとか)
形がない場合は左上になるのかなと。

だから極端な話、
こういう考え方や態度であれば、
普通の学校の授業でもワークショップと言えるような気がします。
単純に座学VSワークショップみたいな対比するものじゃ全然なくて。
上の表を、「授業」という「形があるもの」という前提で
左右の軸を「WS的なスタイル」「非WS的なスタイル」ともできるかも。
参加型・体験型に対して完全な知識伝達型みたいに。
だからワークショップ的な考え方で知識伝達型の授業とか、
逆に非ワークショップ的な考え方で参加型・体験型の授業とか、
そんな授業もあるわけで。
例えば、高校の時に「伝統芸能の鑑賞」として
能を見に行ったんですが、
これなんかまさにそうですよね。
参加・体験型だけど、授業としてのデザインは
非ワークショップ的な態度で、教師は「とりあえず行かしとけ」
みたいな感じが出てたから、ほんとんどの生徒は寝てた。
そんな考え方がもしあるなら、もっと授業を工夫できただろうに。

今のところ、僕の中ではこんなふうに整理をしています。


最後に、話が戻りますが、
今回の依頼していただいた授業は
NPOを立ち上げたい、という方々だったので、
スタイルの勉強(テクニックとか、形の作り方)をしてもらっても
役にたつ人、たたない人と別れるし、
こういう活動に重要なのは
むしろ「考え方」だと思っているので
そのスタンスでずっと話をしてきました。

NPOみたいな活動をやってると
関心のある人しか集まらない(ほんとはない人に届けたいのに)とか
「これがないから進まない」と
行き詰まっていたりすることが多いですが、
そこを突破するには、
こういう考え方はとても有効だと思いますし、
実際、うまく回っている組織や事業を見ると
これをできているんですよね。
(自然とやる人、意図してやる人、両方います)

「うーん、わからん」ていう感じの方もいてはったし、
かなり興味深く聞いてくださった方もいはったんですが、
なかなかうまく説明するのは難しいですね。


長文になってしまいましたが
もっとわかりやすく自分の中でもまとめていきたいと思います。
なんか気になることとか、
おれは違うんじゃないの?とかあったら
コメントやメールや対面で、どんどん突っ込んでください。
長文すいませんでした!!

Comments:1

ダイトゥ 2010-12-27 (Mon) 23:56

大変ご無沙汰しています。てへっ。

パリでおそうしきまつり、一人だけ協力してもらいました。

ブログを拝見して、うんうんと一人で頷いてます。
>そして僕自身が「ワークショップ的」と感じてるのは
右上だけじゃなくて左上の部分への拡大解釈です。
存在が【ワークショップ】の人って、そのひとが居る場所が名付けなくとも【ワークショップ的】なことが起こっている。
教育現場に入っていくときも、現場とケンカ(対決)してもアカンし、まさに、そこにある関係性を解き解したり、新しい視点に気づく時間を作るという、場に寄り添う力が必要だったりする、と少ない経験ながら感じます。
集団から要請されていることを解決する
(はっきりとした解決策を依頼される事から、仄かに望まれている事を嗅ぎ取ることまで)

デザイナーと名乗るには、わたしはまだまだ足りまへんなぁ。

自分視点のコメントでごめんなさい。
また、来年、がんばります。
どうぞ、宜しくお願いいたしまする。
ダイトゥ

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